PCR検査の利用に向けて

最終更新日:2020年08月25日

「新型コロナウイルス感染症の第二波への備え:PCR検査の利用推進に向けて」

 

東海大学医学部医学科基盤診療学系(臨床検査学)教授
同 付属病院医療監査部院内感染対策室     室長 宮地 勇人

 

【はじめに】

 中国を発生源とするSARS-CoV-2(新型コロナウイルス)感染症(COVID-19)は、WHOにて2020年3月11日にパンデミック宣言がなされ、世界的な流行が続いています。我が国では3月に新型インフルエンザ等対策特別措置法が適用され、4月7日―5月25日に緊急事態宣言が発出されました。国は、PCR法を含めた核酸増幅法によるSARS-CoV-2 RNA検査(以下、PCR検査)の実施件数を伸ばすために、様々な方策を導入してきました。PCR検査は保健所・地方衛生検査所にて公衆衛生目的で行う行政検査です。そのPCR検査は、3月6日から保険適用され、医療機関が要件を満たせば、一般診療でも利用出来るようになりました。しかしながら、PCR検査は、必要な患者に適切に行える状況ではありません。また、PCR検査を利用する側(医師、患者)にとっては、利用の仕組みについて、理解が十分でない懸念があリます。

 新型コロナウイルス感染症の第二波の備えとして、PCR検査は、利用者が利用環境・体制の整備の状況と仕組みを理解した上で、適切に利用することが望まれます。そこで、本稿では、保険適用となった行政検査のPCR検査について、検査の意義と利用の方法を概説します。

 

【PCR検査の意義】

 PCR検査の意義は、大きく分けて3つあります。1つ目は、患者を適切に診断して治療する患者診療上の意義です。また、疑い患者とともにリスクある患者をスクリーニングし、適切に隔離して院内感染を防止する感染制御にも大きな意義があります。2つ目は、患者発生状況を地域別に把握し、適切な情報を提供することで、感染の拡大・まん延の防止に役立てる公衆衛生上の意義です。3つ目は、政策立案上の意義です。PCR検査による国および地域の感染状況の把握は、感染制御のための社会・経済活動を制限または緩和する上で、その判断と評価のための基本的な指標となります。

 

【有症状の場合】

 臨床的な特徴としては、潜伏期間は1~14 日(通常5~6 日)です。主な症状は、発熱、咳、全身倦怠感等の感冒様症状であり、頭痛、下痢、結膜炎、嗅覚障害、味覚障害等を呈する場合もあります。一部のものは、主に5~14日間で呼吸困難等の症状を呈し、胸部X 線写真、胸部CT などで肺炎像が明らかとなります。

 感染が疑われる患者の要件は、これに加えて、「医師が総合的に判断した結果、新型コロナウイルス感染症を疑う」場合も対象となります。したがって、医師が必要性を判断した場合には、行政検査を積極的に実施することとなっています。また、当初設定された4日間以上の症状期間は基準から除外されています(5月8日)。

 ウイルス検出の方法は、PCR検査によるウイルス遺伝子の検出に加えて、抗原の検出もあります。用いる検体は、喀痰、鼻咽頭拭い液に加えて、唾液などです。

 抗原検査は、特に発症初期のウイルス量の多い有症状の診断に利用されます。唾液によるPCR検査も同様です。迅抗原検査の検出感度はPCR検査に劣るものの、簡便、迅速な検査として、肺炎等の有症状の患者の診断に利用可能です。陰性の結果も、ウイルス量の多い発症初期(発症から9日まで)は鑑別診断の参考となります。PCR検査は、臨床的感度(70-85%)に限界があります。このため、疑われる患者では、PCR検査とともに、臨床所見や胸部CT画像など他の所見と組合せた総合的な診断が必要です。

 

【無症状の場合】

 無症状の濃厚接触者について、行政検査の対象は、医療従事者等、ハイリスクの者に接する機会のある業務に従事し、検査が必要と考えられる場合、クラスターが継続的に発生し、疫学調査が必要と判断された場合とされています。

 無症状でも、発症前48時間前からPCR検査陽性となり、感染源となりうることが明らかとなっています。そこで、濃厚接触者の定義は、接触の時期に関して、感染者が発症する「2日前から」に変更(旧基準では発症日以降)されました。接触距離と時間は「手で触れることの出来る距離(目安として1メートル)」以内(旧基準では2メートル)で、マスクなどの必要な感染予防策なしに「15分以上」(旧基準では時間の定義なし)接触があった場合、となりました。

 さらに、保険適用のPCR検査に関して、疑義解釈にて、無症状の患者であっても、医師が必要と判断し、実施した場合において保険適用の対象となることが明示されました(5月15日)。

 症状の有無に関わらず、医師は保険適用のPCR検査を実施する際、患者ごとに、保健所に患者発生届出の提出を速やかに行うことが義務付けられています。

 

【地域外来・検査センターの設置と利用】

 従来、PCR検査を受けるには、本人自ら「帰国者・接触者相談センター」に相談し、4日以上の発熱など症状に基づき、「帰国者・接触者外来」を紹介されてきました。「帰国者・接触者外来」の運営主体について、病院・診療所、地域医師会、保健所・自治体などが考えられます。国では、行政検査を集中的に実施する機関として、地域(都道府県や郡市区)医師会等に対して、「地域外来・検査センター」の運営委託を推進しています。神奈川県各地でも地域医師会が運営する「地域外来・検査センター」の設置が進み、利用が進んでいます。その結果、「相談センター」を介することなく、かかりつけ医が必要と判断した際にPCR検査が利用し易くなりました。

 診療所から検査センターに患者を紹介するには、「連携先登録診療所」として予め登録しておきます。「連携先登録診療所」は各自治体ホームページで検索できます。診療所では、疑われる患者を紹介する際、事前予約を取得するとともに、紹介状(診療情報提供書)を作成します。

 

【保険適用の行政検査の運用のための医療機関「申し出」制度】

 医療機関において、保険適用の行政検査を運用するには手続きが必要です。すなわち、医療機関が都道府県に自ら「申し出」を行い、都道府県の指定(検査協力医療機関)を受けて行政検査の委託契約を結びます。これにより、医療機関自ら検査を実施し緊急の検査結果に基づき、迅速な鑑別診断と感染対策が可能となります。また民間検査機関への外部委託との併用にて、緊急検査の選択的な運用が可能となります。「申し出」に際して、委託の要件である「適切な感染対策が講じられている医療機関」に相応する機能として、適切な感染予防策と隔離が行えるよう、組織力を備えておくことも必要です。国は、検査協力医療機関を増やすため、医療機関の規模や外来・入院にかかわらず「申し出」を行うよう通知しています。

 

【おわりに】

 新型コロナウイルスのPCR検査について、必要な患者に適切に実施することは、個別の患者診療のみならず、院内感染および地域における感染拡大の防止対策を図り、適切な政策を立案し実施するために必要です。行政検査の保険適用の制度について適切な理解のもと、PCR検査の利用推進が望まれます。その結果として、効果的な感染制御により、安全・安心な医療のもと医療崩壊を未然に防ぎ、社会と経済の活動が早期に回復することが期待されます。