新型コロナウィルス感染症への対応 ‐検証と取り組み‐ 

最終更新日:2020年10月16日

聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院

病院長  國場幸均

 

 

 新型コロナウイルス感染症は国内だけなく世界的にもこれからどうなっていくのか未だ不透明であり、この感染症との戦いは長期戦となることが予想され、早期の治療法と予防法の確立に期待が寄せられるところであります。

 当院では2月のクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号への対応に始まり、帰国者・接触者外来の開設など早い時期から行政と連携して種々の新型コロナウイルスへの対応に取り組んできましたが、4月20日に新型コロナウイルスの院内感染が判明し、そこから多くの患者さまやそのご家族、関係各機関、および教職員に多大なご心配とご負担をおかけする事態となりました。

 この度の院内感染が発生した原因の究明と再発予防のため院内感染調査委員会を設置して調査と検証を行い、調査報告書を作成いたしました。調査報告書より「院内感染の経験から他院あるいは社会と共有できる今後への備え」の項を紹介させていただきます。現在、厳重に感染対策を行うと同時に稼働の回復に職員一丸となり日々奮闘しております。

 

院内感染の経験から他院あるいは社会と共有できる今後への備え調査報告書より抜粋)

 西部病院ではこれまでも院内感染に対する種々の取り組みを行ってきたが、新型コロナウイルスの大規模な院内感染を防ぐことができなかった。院内感染対策に必ずしも十分でなかった点もあったが、多くの医療機関が院内感染を引き起こしたことを考えると、新型コロナウイルスの特性に起因することも大きいと考えられる。 第一の特性は早期発見が難しいことである。どのような病原体でも、院内感染を防ぐには感染性のある患者や職員を早期に発見し隔離するアプローチが重要である。しかし、新型コロナウイルスは早期発見が難しく、感染した患者または医療従事者とともに医療施 設に入ってくる可能性がある。他の感染症では発熱、呼吸器症状、消化器症状などが認められることが多いが、新型コロナウイルスに感染していても無数状の感染者が一定数いることが報告されている。また、検査での早期発見も難しいと言われており、PCR検査では感染者の少なくとも30%が偽陰性となることが報告されている。 第二の特性は新型コロナウイルスでは症状出現前のウイルス量が多いことである。イン フルエンザウイルスと異なり、症状発現の2日ほど前から発現直後にかけて、感染者の上気道で増殖するウイルス量が最も多くなると報告されている。新型コロナウイルスは接触・飛沫感染のため、空気感染の麻疹や水痘ほど感染力が強くない。ただ、症状出現前から直後にかけてのウイルス量が多い時期に、エアロゾルが大量に発生する状況が、特に狭い空間のなかで起きた場合には同室者が感染するリスクが生じる。医療現場では日常生活の場と違ってエアロゾルの大量発生が起こる場面が多いのが特徴である。例えば、痰の吸引、気管切開患者、気管挿管や抜管、非侵襲的人工呼吸器、心臓マッサージのように胸を強く圧迫する処置、さらには患者が長時間大声を出す(お産)といった場面では、大量のエアロゾルが一時的に空気中を漂う可能性がある。また、マスクをせずに休憩室のような狭い空間で一定時間(目安としては10~15分程度)会話をする場合でも、似たような状況が生じると言われている。さらにエアロゾルの発生により環境が汚染される。汚染された環境の環境清掃や手指衛生が不十分の場合には接触による間接的暴露により感染が起こる。院内感染のリスクが生じるのは、新型コロナウイルスの可能性を疑わず(あるいは症状が乏しくて疑えず)に、他の患者や医療従事者が無防備に感染者に接した場合や、必要な防護具が適切な方法で使えない、環境清掃や手指衛生が不十分な状況があった場合である。 市中で感染者が急増した3月から4月には、PCR検査体制は整っておらず入院患者や職員のスクリーニング検査を行うことは出来なかった。また、サージカルマスクやN95マスクなど個人防護具を含む物資が不足した。このような新型コロナウイルスの特性や環境を理解した上で、改めて今回の院内感染の要因と対策を考える必要がある。

 第一はどの患者、どの職員も新型コロナウイルスに感染している可能性があるとの前提に立って対処することである。標準予防策を徹底するとともに、エアロゾルが大量に発生する処置の際には医療従事者が標準的にN95マスクを装着し、ゴーグルなどで目の粘膜を防護し、換気に配慮するといった対策を講じることが必要となる。新型コロナウイルスのもう一つの主要な感染経路は接触感染であるから、接触感染を防ぐための手指衛生は最も重要である。しかし、WHOは新型コロナウイルス感染症が発生する前の医療従事者の平均的な手指衛生実施率は40%と報告している。また、日本国内で2014年に行われた多施設共同研究では19%、2017年の厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業の手指衛生サーベイランス調査では50%〜60%程度と報告されており、手指衛生遵守率の改善は多くの病院での課題となっている。その実施率が100%になることは難しく西部病院の手指衛生遵守率も十分と言えるものではなかったが、改めて手指衛生を含めた院内感染予防策の遵守を全職員に徹底する必要がある。

 第二は西部病院が感染症指定病院でないために重症の新型コロナウイルス感染者を受け入れる設備を含めた機能が無かったことである。当時の状況では、重症者を受け入れざるを得なかったが、今後、感染者の受入や疑似症患者の診療を行うにあたっては、病棟のゾーニングや陰圧室などの整備とともに、ウイルス検査体制の整備、個人防護具の十分な備蓄が必要である。

 第三は院内の情報伝達機能に課題があったことである。新型コロナウイルス感染が市中で急速に拡大する中で、この未知のウイルスに関する多くの情報が配信された。それらの情報を分かりやすく容易な方法で全職員に正確に伝える機能と、全職員が配信された情報を確認する習慣が不足していたと考えられる。4月下旬から5月上旬の期間は、情報が錯綜し多くの職員が混乱していたと思われる。今回の院内感染を契機に、院内情報伝達機能は格段に改善し全職員が情報を得やすくなった。

 最後に、今回の院内感染を振り返り反省することで、二度と大規模な院内感染を起こさないための取り組みを継続して行い、安全で安心な医療を行える医療機関として地域医療に貢献することを要請して報告書とする。

 

 以上、皆様の少しでもお役に立てれば幸いです。

 当院では、感染制御室を中心に様々な感染対策を講じるとともに、地域中核病院、地域医療支援病院としての機能を回復すべく教職員が一丸となり奮闘しているところです。しかし、年月の経過とともに我々が経験した院内感染の記憶が風化していくことが懸念されます。今回の院内感染で残念ながら亡くなられた患者さまもおられ、当時感じた無念や後悔、そして安全で安心な医療を提供することへの誓いを忘れないようにしなければなりません。

 そこで今回の院内感染を決して忘れずこの記憶を風化させないためにも院内感染が判明した2020年4月20日を『感染制御の日』と制定し、今後も組織として感染防止対策の徹底や安全で安心な医療体制の堅持に取り組んでいきます。今後も皆様のご理解とご協力を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。